食道癌を根治する目的で行われる抗癌剤と放射線照射を併せた治療を根治的化学放射線療法(definitive chemoradiotherapy; dCRT)と言います。化学放射線化学療法は食道とその周りのリンパ節に対して放射線を照射して(照射する範囲は手術で切除する範囲とほぼ同じで頸部・胸部・腹部にわたります)、放射線を照射する期間にあわせて抗癌剤も投与します。抗癌剤と放射線を同時に使うことでその効果をより強くする働きがあると考えられているからです。dCRTは術前や術後に行われる補助的な化学放射線療法に比べて放射線船の照射量も抗癌剤の量もともに多くなります。
以前は手術の方がdCRTと比べて癌が治る率が高いと考えられていましたが、現在はdCRTはステージⅠの食道癌に対しては手術と同等の効果がある(癌を治す効果がほぼ一緒である)と考えられています。一方でステージⅠより進行したステージⅡ,Ⅲの食道癌に対しては手術(+術前化学療法)の方がdCRTより治療効果が高いと考えられています。
当教室ではステージⅠの食道癌だけでなくステージⅡ、Ⅲの食道癌患者に対しても、2001年から他施設に先駆けてdCRTを行ってきました。その理由はできるだけ多くの患者さんで食道を温存したいと考えたからです。手術をするとご飯の通り道である食道が切除されるだけでなく、再建のために胃を喉の近くまで持ってくる必要があります。それに伴い手術後は食事の摂り方が大きく変わり体重も減少することが多いのです。食道が温存できれば治療が終わった後に治療前と同じ食事ができることが期待できます。治療後の生活の質(QOL)という観点からすればdCRTの方が優れていますが、癌の治療である以上、癌をどれだけ治せるかということも大切です。dCRT治療後に癌が残ってしまった(遺残と言います)症例に対して行う手術をサルベージ手術(救済手術)と呼びますが、当教室ではこのサルベージ手術をdCRT後の癌遺残症例に対して積極的に行いました。それによりステージⅡ,Ⅲの食道癌に対してdCRTを行っても、その治療成績が手術単独と同等になることを示しました。これは治療成績を保ちながら食道温存率を上げたということで、当教室の取り組みは学会などでも高く評価されました。ただサルベージ手術は放射線が相当量照射されたあとに手術を行うので、通常の手術より合併症が多くなるなどの欠点もあります。当教室では今までに70例以上のサルベージ手術の経験があり、難易度が高く合併症も多いサルベージ手術を安全に行えるようにした事に関しても大きな功績をあげました。
現在のところ手術と化学放射線療法には、簡単にどちらのほうが良いといいきれるものではありません。どちらにもそれぞれの利点・欠点があります。当教室では手術で取り切れる段階の癌であっても、療法の治療法の特徴・利点・欠点をすべてお話しして治療法を選択してもらっています。
最先端の治療;ロボット支援下食道切除術
ロボット手術という言葉を最近テレビなどでもよく耳にするようになりました。ロボット手術は鉄腕アトムのような意思を持ったロボットが手術をするのではなく、手術支援ロボットという器械を用いて行う内視鏡手術のことで、あくまでも人間が主導権を持ってロボットを操作して行う手術です。実際に使われている手術支援ロボットの名称は「ダヴィンチ サージカルシステム」というものです。通称「ダヴィンチ」と呼ばれ、あの万能の天才と称されたレオナルド・ダヴィンチの名前に由来しています。もともと手術支援ロボットは1980年代に、アメリカが戦場で負傷した兵士を遠隔操作で手術を行う目的で研究・開発が進められました。1990年代に手術支援ロボットが初めて臨床応用され、ヒトの胆嚢摘出術が行われました。1999年に初代ダヴィンチがアメリカで販売開始され、2000年にFDAの承認を受けその後10年余りの間に急速に普及し現在世界で2000台以上のダヴィンチ が稼働しています。東北大学も 年に導入され、現在我が国では100台以上のダヴィンチが稼働しています。
ではダヴィンチ が実際にどのような機械で、またどんな特徴があるのか説明していきます。ダヴィンチはサージョンコンソール、ペーシェントカート、ビジョンカートの3つの部分から構成されています
(写真下)。サージョンコンソールは外科医が映像を見ながらロボットを動かす言わば指令席のような部分、ペーシェントカートは実際に患者さんに対して手術操作を行うロボットアームのような部分、ビジョンカートは映像の処理を行うコンピューター部分です。
ダヴィンチの優れた性能は以下のようなものがあります。
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多関節機能:人間の関節可動域より広い範囲でロボットの手の部分が動くことが出来るため、今まで届きにくかったところに手が届くようになります。 |
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3Dのハイビジョン映像(ズーム機能付き):3Dであるため組織の奥行き感、立体感などを感じながら手術を行うことが出来ます。 |
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フィルター機能(手振れ補正):どんな熟練した外科医でも、わずかな震えがあります。ダヴィンチはこのわずかな震えを除去して、ロボットアームを動かします。 |
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スケーリング機能:細かい作業をするときに効果を発揮するのがこのスケーリング機能です。たとえば手を5 cm動かすとロボットの手が1 cm動くとその比は5対1ということになります。ダヴィンチはこの比を2対1、3対1、5対1の3種類から選べます。この比が大きくなるほど、細かい手術に向いているということになります。外科医は状況に合わせて自由に変えることが出来ます。
これらの機能により外科医が直視下で行っていたように、鏡視下でも直感的に、より繊細に、より正確に手術を行うことを可能にする機器だと考えています。今までの内視鏡手術より優れているだけでなく、開胸・開腹手術でしか行えなかった難易度の高い手術に関してもダヴィンチを用いることで鏡視下で可能になると考えています。当科では2013年からダヴィンチを用いたロボット支援胸腔鏡下食道切除術の有用性と安全性について臨床試験を開始しています。ロボット支援胸腔鏡下食道切除術が胸腔鏡下手術と同様に保険診療として認められ、この優れた手術が広く患者さんに提供できるように、努めていきたいと考えています。ロボット支援手術を希望される方は当科外来にご連絡ください。 |
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ダヴィンチ手術風景 サージョンコンソールに向かって手術を行っている術者です。患者からは少し離れた場所にいます。両目で覗き込むように3D映像を見て、両手でペーシェントカートのアームを動かして、足のペダルでカメラのズーム、ピント合わせ、凝固・止血などの操作を行いながら手術を進めていきます。
助手はペーシェントカート側にいて、アームの交換や、アームの干渉が無いようになど、手術がスムーズに進むように術者をサポートします。
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